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初めてのカリンバのみによるソロアルバムリリースに寄せて |
| この楽器と出会ってからどれくらいの月日が経っただろうか? |
| たしかそれは18か19の頃、「楽市楽座」というフリーマーケットで製作者本人から分けてもらったのが始まりだった。 |
| それまで”カリンバ”という楽器の存在は知っていたが、この時出会った楽器は妙に僕の手に馴染み、音色も心地よく、それから常に傍らに置き、奏でているという生活が始まった。 |
その時も今も、音楽家としての自己認識≒本籍はオカリナ奏者であるが、楽器に触っている時間はカリンバの方が長いかも知れない… |
| この楽器の良いところは両の手のひらにすっぽりと収まってしまうところ。 |
音を出すのに使うのは2本の親指だけなので(それゆえ別名「親指ピアノ」と呼ばれる)歩きながら演奏するということが出来てしまうのだ。 |
散歩や旅のお供として連れて行く(持って行く)ことは勿論、ちょっとそこまで出かけてくる時も、この楽器をポロンポロンとやりながら歩くのはいつもゴキゲン。 |
| そして、この楽器には人間が本来持っている「やさしさ」を引き出す力があると思う。 |
この「楽しい器」からこぼれ出る小さな音に耳を澄ましていると、ふだんは「主張」することや、「防御」することで、現代人の多くが心の奥に封じ込めてしまっている「やさしさ」が、自然にムクムクと湧き上がってくる気がする。 |
| その「やさしさ」から発するエネルギーをベースに日々を生きることが出来れば、それはどれだけ素晴らしいことだろう。 |
色々な雑音(ノイズ)の多いこの時代において、流されずに自分らしく生きるためには自らの心の奥から湧き出てくる「心の声」に耳を澄ます時間を確保することが大切と思うけれど、カリンバの流れる水の如き音には、その音に耳を澄ますだけで、その曲に身を任せるだけで、「やさしさ」が引き出され、ふだん聴こえてこない「心の声」が聴こえてくる… そういう力があると思う。 |
この直径15cmくらいの小さな小箱から生まれる音霊(おとだま)を集めたこのアルバムが、本来持っているはずの「やさしさ」や、普段聴こえなかった「心の声」と出会うための一助となれば、つくり手としてこの上ない幸せです。 |
堀田 峰明
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